大阪府知事選は橋下徹氏の圧勝となった。タレント知事の先輩格でもある東国原英夫・宮崎県知事は、90%を超す驚異的な支持率を維持しているといわれ、宮崎県庁舎が県内外からの観光客でにぎわっている。大阪府庁舎も「行列ができる役所」となるのかどうか、橋下氏のお手並みに注目だ。
ところで今回の選挙では、橋下氏の姓を「橋本」と書いたり、熊谷貞俊氏の姓を仮名で「くまがや」と書いたりした票が、随分多くあったのではないかと想像している。
「熊谷」の読み方は、ご自身のホームページでも「くまがい」と書いている。ところが、これを「くまがや」と読む人も多く、実際にわが編集局にも、ずっと「くまがやさん」と言い続けてきた記者がいる。首都圏での生活を経験した人ならもしかすると、「くまがや」と読むこともあるのではなかろうか。埼玉県の熊谷は「くまがや」と読まれるからである。
その熊谷の地を根城にした武将であり、浄瑠璃「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」の三段目「熊谷陣屋(くまがいじんや)」でもよく知られる熊谷直実は、「くまがい・なおざね」と読む。広辞苑の「熊谷」の項には、「くまがい」は「くまがや」の旧称であることが示されており、熊谷という地名ももとは、熊谷一族の名の通り「くまがい」と称していたものかと思われる。それがいつしか、「谷」を「や」と読むようになった。
首都圏には熊谷のほかにも「谷」を「や」と読む地名が多く、深谷(埼玉)、渋谷、四谷、世田谷、入谷、千駄ケ谷、阿佐ケ谷(いずれも東京)など枚挙にいとまがない。地名に詳しい丹羽基二さんによると、「谷」を「や」と読むのは関東に多いらしく、比企ケ谷(鎌倉)などのように「やつ」と読む地名も随所にみられる。
一方、「谷」を「たに」と読むのは西日本に多い。大阪では鰻(うなぎ)谷、細工谷、桃谷、京都では大谷、鹿(しし)ケ谷、また神戸でも「一谷嫩軍記」の一ノ谷や名谷など、どれも「たに(だに)」と発音する。西日本で「や」と読む地名といえば私には、徳島県にある秘境・祖谷(いや)を思いつくぐらいのものだ。
時代物の最高傑作といわれる「熊谷陣屋」では、直実は平敦盛(あつもり)を討ったと見せかけて、実はわが子の小次郎を身代わりにした。武士である身を恨んだことであろう直実は、源義経に暇(いとま)をこうて俗世に別れを告げる。
直実は出家したが、大阪の熊谷貞俊さんにはぜひこれからも、「大阪再生」のために活躍していただきたいと、切に思うのである。(校閲部長 清湖口敏)