◇教え子も指導者に
渥美半島の南東部に位置する赤羽根中学校。同校の野球部顧問、長神塁さん(34)の元に、母校のセンバツ出場の朗報が届いたのは、25日に発表された直後、午後3時過ぎだった。野球部同期から携帯メールが入った。職員室にいた長神さんは人目もはばからず跳び上がり、「夢を見ているようだ」と喜んだ。
長神さんは生まれも育ちも田原市。小学1年から野球を始め、「地元では甲子園に一番近い」と言われていた成章に進んだ。しかし、レギュラーの壁は高く、1、2年とベンチを温めた。「何のために野球をしているのか」。つらい練習に無力感がつきまとい始めた2年生の秋。練習試合をベンチから見ていた長神さんに糟谷監督が耳打ちした。「この試合、どう思う?」。チームに覇気がなく、試合も惨敗していた。試合の流れ、選手の動き方について率直な意見を述べた。「お前は野球をチームで一番知っている。しっかりチームを見ていろよ」。補欠だった自分をキチンと見ていてくれた糟谷監督の気持ちを知り、感激した。
3年夏の県大会、念願のレギュラー、三塁手として出場。2回戦で敗退したが、レギュラーとしての重圧を知った。「野球を通して、社会の中での自分の役割、意義を教わった気がします」と話す。選手を本気でしかり、ともに涙を流す。糟谷監督の姿に、自分もそうありたいと将来を重ね合わせていった。
97年、長神さんは中学校の教員になり、田原市内の和泉中、赤羽根中で計11年間、野球部の顧問に就任、これまでに約100人の教え子を育ててきた。
長神さん同様、糟谷監督に影響を受けて野球の指導者になった教え子は多い。600人近い糟谷監督の教え子の中で学校教員になったのは県内で少なくとも11人。少年野球の指導者も10人を数える。
田原市内の市立中学校7校のうち5校で5人が監督や顧問として指導している。
「成章で野球をやるからには、野球を通して人生の教訓を得てほしい」という教育が、多くの指導者を生み、地域に根付き、そして新たな芽が育っている。
現在、成章のチームには長神さんの教え子3人がレギュラー入りし、甲子園の舞台に上がる。「自分を育ててくれた監督、そして地元への恩返しが少しはできたかな」。甲子園の夢を教え子に託した長神さんの目がかすかに潤んだ。=つづく
1月31日朝刊