2007
年11
月にベスト・アルバム『マザーシップ
〜レッド・ツェッペリン・ベスト』と、ライヴ・アルバム『
永遠の
詩(
狂熱のライヴ)
〜最強盤』をリリース、そして12
月には
一夜限りの
再結成ライヴをロンドンで
行ったレッド・ツェッペリン。その
世界のミュージック・シーンの
頂点に
君臨する
最強のロック・バンドのギタリスト、ジミー・ペイジが
緊急来日!
ジミー・ペイジが、レッド・ツェッペリンを
代表し
単身で
緊急来日した。この
来日は3
年10
ヶ月ぶり、
通算10
回目の
来日となる。
今回は、12/3
付オリコン・アルバム・チャートで2
作品同時TOP10
入りを
記録したベスト・アルバム『マザーシップ
〜レッド・ツェッペリン・ベスト』とライヴ・アルバム『
永遠の
詩(
狂熱のライヴ)
〜最強盤』のプロモーションのための
来日。…とはいえ、2007
年12
月10
日の
再結成ライヴ
後、
全世界初の
記者会見ということもあり、
日本の
各メディアはもちろんのこと、
世界的にも
非常に
注目を
集める記者会見となった。
◆ジミー・ペイジ
写真 Photo(C)Yuki Kuroyanagi
http://www.barks.jp/news/?id=10000374682007
年の
活動に関してジミー・ペイジは、
「
去年1
年はたくさんの
活動がありました。
作品を
出すことで、
自分たちの
当時のマディソンスクエアガーデンのショーがどのようなものだったか、を
見て、
聞いていただけた。
去年の12
月にはO2アリーナでのショーもあったし、かなり
活動の
盛んな1
年でした」と
話した。
2007
年12
月に
行なわれたO2アリーナ
再結成ライヴの
思い出やエピソードは?という
質問に対して、
「3人(ジミー・ペイジ、ロバート・プラント、ジョン・ポール・ジョーンズ)でビジネスミーティングでいろいろな話をしているときに、はじめはロンドンのアルバートホールでレッド・ツェッペリンとして参加してほしいとマネージャーよりオファーの話を聞いた。そのとき、リハーサルの時間をたくさんとれるなら、快くやらせてほしいと返事をした。1980年にバンドは解散したのだが、当時生まれていなかった人にも、どういうバンドか、どういう意味をもったバンドかをわかってもらうのに、この再結成ライヴはとてもいい機会でした。リハーサルを(ジョン・ボーナムの息子であるジェイソン・ボーナムを含め)4人で集まって行なったのだが、始めたときはどういうものができるかわからなかったが、成功させたいという思いをもって演っていた。主催者側からは50分という時間を提示されたが、やるならもっと長い時間をやらせていただきたいといってお願いした。アルバート・ホールでという話でリハーサルをすすめていたが、ロンドンのO2アリーナになるという情報を新聞から知って、すごくプレッシャーを感じた。でもリハーサルを何度も繰り返して、自分たちも自信がついた」と語った。
「リハーサルも順調にいって、とてもうまくいき、リハーサルも楽しかったのですが、うまくいくことに限って何かが起こるもので、指を3ヶ所骨折してしまい、2週間延期になってしまった。でも実際のショーはほんとに楽しいものだった」と骨折についても明らかにした。
「これだけの長い空白の時間があったが、本当にいいライヴができたと改めて思った」と再結成ライヴを感慨深げに話していた。
ベスト・アルバムの曲目セレクションをはじめ、久しぶりにレッド・ツェッペリンに向き合って、何か新しい発見があったか?という問いには、
「以前と同じように、素晴らしいバンドだったと思うことができた。新しい発見があるわけではないけれど、いいバンドだったんだなと改めて思えた」と、オーディエンスと同視線を持つ側面も吐露する一面も。
レッド・ツェッペリンとして来日公演はあるかどうか、という質問に対しては、
「レッド・ツェッペリンとしてのツアーですが、今回の再結成ライヴでも、ワールドツアーと同じくらい、リハなどにとてもたくさんの労力と時間をかけました。ただ、9月まで別のプロジェクトを抱えているメンバーがいるので、レッド・ツェッペリンとしてツアーあるかどうかは、今はいえません」と答えた。
また、レッド・ツェッペリンが今もなお新しいファンの気持ちをつかむその理由はなんだろうかとの問いに、
「時代に関係なく、自分たちは、ずっとやりたい音楽をやっていた。自分たちのペースでやっていこうと考えていたことが、いまの若い人にも聴いてもらえるし、受け入れてもらえるようになったのだと思う」と語った。
伝説が、再び新たな歴史を作り出そうとしている…そんなエネルギーが渦巻く会見となった。
●LedZeppelin-アーティスト情報や写真