【シンガポール=藤本欣也】27日に多臓器不全のため86歳で死去したインドネシアのスハルト元大統領の遺体は28日、空軍機で首都ジャカルタから中ジャワ州ソロに運ばれ、ソロ郊外のスハルト家の墓地で国葬が営まれる。27日夜には、遺体が安置されたジャカルタ市内の自宅にユドヨノ大統領ほか政財界の有力者が弔問に訪れ、経済発展を導いた「開発の父」に別れを告げた。
インドネシア国旗に包まれたスハルト氏の棺は28日朝、自宅前で告別の行事が催された後、車両で空軍基地まで移送された。沿道には多くの市民が集まり、かつての最高権力者の死を悼んで祈りをささげた。
アジア太平洋の関係国からも、スハルト氏の死去についてさまざまな反応が寄せられた。
フィリピンのアロヨ大統領は27日、「スハルト氏は東南アジア諸国連合(ASEAN)創設の父の一人」であり、「より平和で豊かな東南アジアを築くという先駆的なビジョンをもっていた」とたたえた。
オーストラリアのラッド首相は同日発表した声明で、インドネシア国民に弔意を表す一方、「スハルト氏は人権や(スハルト政権が併合した)東ティモールの問題で論議を呼んだ人物であり、彼のやり方に反対した人も多かった」と指摘した。
1960年代から90年代にかけて東南アジアで影響力を競い合ったシンガポール元首相のリー・クアンユー顧問相(84)は27日、「スハルト氏の指導力でインドネシアは経済的に成功した。冷静に彼の業績が評価され、歴史が彼に名誉ある地位を与えることを疑わない」とする弔文をスハルト氏の遺族に送った。