□政策研究大学院大副学長・白石隆氏
スハルト氏は1966年から98年まで、32年間にわたって長期政権を維持し、初代大統領スカルノ氏と並び、インドネシアの国家建設に非常な功績を挙げた。
その最大の功績は、国軍を屋台骨として国家機構を再建して政治を安定させ、外資を導入し、経済発展と国民の生活水準の向上を実現して、それがさらに政治の安定をもたらすという「安定の政治」と「開発の政治」の好循環を巧みに作り上げたことにある。スカルノ氏はインドネシア「国民」の形成を最大課題とした。これに対し、スハルト氏は国家の建設、経済の発展、国民の生活水準の向上に力を注いだといえる。
しかし、その一方で、スハルト氏は、65−66年にかけての権力掌握期、10万人から50万人の共産党員とその支持者を殺害したとされるなど、反対派を容赦なく弾圧した。そうした政治が国家に対する国民の信頼を損ね、アチェ、東ティモールの独立問題をはじめ、これがポスト・スハルト時代のインドネシアにとって大きなつけともなった。
インドネシアの現在の課題はこうしたスハルト時代の「つけ」を解消し、新しい民主体制の下で「開発の政治」を構築することにある。ユドヨノ現大統領をはじめ現在の政治エリートはスハルト体制のもとでエリートとなった人々であり、そのプラスの遺産を継承しつつ、負の遺産を解消し、国家に対する信頼を回復していかなければならない。今のインドネシアにはこれほどのカリスマを持つ人はいない。彼の死去によって文字通り一つの時代が終わったといえる。
歴史に「もし」はないけれども、スハルト氏が「もし」10年早く大統領をやめ、後見人になっていたらと思う。人口約2億3000万人、多くの民族と1万5000の島からなる国で経済規模を8倍にした功績は非常に大きい。一面的にはとらえきれないけれども、大きな岩のような圧倒的存在感のある人物だった。(談)