□日本インドネシア協会会長代行・渡辺泰造氏
インドネシアではスカルノ元大統領が独立の父といわれるのに対し、スハルト元大統領は開発の父といわれる。
スカルノ氏は被植民地だったインドネシアを独立させて、国民の意思統一を独立に求めたが、氏の経済政策は成功しなかった。政権末期に、中国共産党の支援を受けて高まった左翼革命運動をある程度許容し、自己政権の存続を図ったが、国民は政治に疲れ果て、経済開発を求めていた。
それを十分知っていたスハルト氏は、革命に走ろうとした共産党の弾圧に踏み切り、スカルノ氏を幽閉し、自由陣営の中で経済開発を進めた。その中で、日本や自由世界からの援助を大事にして、インドネシアの開発に成功した。
しかし、あまりに長く政権の座にいたために、腐敗や汚職、ネポティズム(縁者びいき)へ露骨に走り過ぎ、国民の不満が高まった。そして、アジア経済危機の際に「スハルト打倒」の民衆の声が高まり、政権の座から降り、裁判にかけられた。
その結果、スハルト氏の功績は色あせた。スハルト氏の息子ら家族が行った違法行為は今もなお国民の批判の対象になっている。だが、開発の父としての側面を評価する国民は多い。その功績は、歴史に残るだろう。
スハルト氏の死が現在のインドネシアや東南アジア諸国連合(ASEAN)に及ぼす影響はほとんどない。インドネシアにおいてはすでに、ユドヨノ政権が民主政治、外国との協調を目指している。ASEANでは、列強による植民地体制からの独立という時代を背負った「巨人」の世代だけでなく、スハルト氏のような第2世代も消えつつある。各国が独立から数えた第3世代を含む新指導者の時代を迎えていることを再確認する機会ともいえる。(談)