県内の金山遺跡の歴史解明を目的に、県内外の考古学の専門家などで作る「甲斐金山遺跡研究会」(代表世話人、清雲俊元・山梨郷土研究会理事長)は10日、身延町の湯之奥金山と甲州市の黒川金山から出土した土器から金の粒と金を鉱石から取り出す「製錬」をする際に用いた鉛を検出したと発表した。銀山遺跡ではあったが、戦国期の金山遺跡から鉛が発見されるのは国内初で、中世段階での金の製錬方法を知る貴重な資料になるほか、これまで謎とされた甲斐の国独自の貨幣制度「甲州金」の製造過程などを解明する手がかりになりそうだ。
今回調査したのは、湯之奥金山から出土した土器10点と、甲州市の黒川金山から出土した土器約100点で、いずれも15世紀後半から16世紀のもの。X線を使った撮影や分析で湯之奥金山の土器1点と黒川金山の土器4点から、金の粒や鉛を検出した。
鉛による金属の製錬技術は、鉱石と鉛を灰を敷いた器に入れて炭で加熱し、溶けた鉛を灰に染み込ませて金属だけを取り出す「灰吹法」が、1533年に朝鮮から島根の石見銀山に伝わったのが最初とされていた。しかし、昨年6月、奈良県の飛鳥池遺跡(7世紀後半〜8世紀初頭)の土器からも鉛が検出され、土器の材質などから灰を用いない製錬方法が古くから国内に存在したことが確認された。今回の発見は、飛鳥池と共通しており、「灰吹法」とは違った製錬法が土着の文化として国内に定着していた資料になるという。
当時、県内では「金山衆」と呼ばれる職能集団が採掘にあたっており、採掘現場で金の製錬を行う高い技術を持っていたことが分かり、多くが謎とされる山梨の貨幣文化の解明につながる可能性があるという。【中西啓介】
1月11日朝刊